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千葉地方裁判所 昭和44年(ワ)317号 判決

原告 内山雅春

右法定代理人親権者父 内山静

右同母 内山鈴子

右訴訟代理人弁護士 大塚喜一

同 渡辺真次

被告 株式会社三ツ矢タクシー

右代表者代表取締役 関口栄

右訴訟代理人弁護士 田中登

同 二宮充子

同 早川俊幸

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、事故の発生

昭和四三年一二月一〇日午後四時五五分頃、千葉市南町三の二〇の二地先路上で、道路を横断中の原告が、被告会社従業員訴外岡崎秀雄の運転する被告会社所有の事業用普通乗用車に衝突されたことは、当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によれば、原告は右衝突により頭部外傷、頭蓋骨々折、右大腿骨々折の傷害を受け、事故当日から昭和四四年一月九日まで及び同年二月二五日から同年三月一八日まで川崎製鉄千葉病院に入院し、さらに同年一月一〇日から同年二月二四日まで及び同年三月一九日から同年四月三〇日までの間に約一一回同病院に通院して治療を受けたこと、そして昭和四四年五月一九日頃には大腿骨変形は治癒し、右前頭部には陥凹骨折があるが重大な精神神経運動の障害が見られないことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

二、責任原因

被告がタクシー業を主たる営業目的とする会社であることは本件弁論の全趣旨から認められるところであって、被告が加害車両を所有しこれが運転者訴外岡崎秀雄を雇傭していたものであることは当事者間に争いがないから、被告はこれにより運行利益をあげていたもので右自動車の保有者として自賠法三条によりその運行により惹起した本件事故の損害賠償の責任を負わなければならない。

三、本件事故の状況と過失割合

≪証拠省略≫によれば、本件現場は車両の交通量の多い幅員八・四メートルのアスファルト舗装道路で、見とおしはよいが、当時薄暮の頃で加うるに路面が多少濡れており、加害車進行方向右側の南町公園前の車道端に前後して停車中のバスが二台あってそのすぐ後方の見とおしはよくないこと、原告は右停車中の後部バスの後方から道路を横断すべく加害車の前を駈けぬけるように道路に飛び出してきたこと、訴外岡崎は加害車を運転して同市蘇我町方面より交差点に至りこれを右折して鵜ノ森町方面へ向い時速約四〇キロメートルの速度で本件現場付近に進行してきたところ、前記停車中の後部バスの後方、加害者の右斜前方約一五メートルの地点に前記のように飛び出した原告を発見し、危険を感じて急ブレーキを踏みハンドルを左へ切って衝突をさけようとしたが間に合わず、加害車のバンバー左前部を横断中の原告に接触させたものであることが認められ、他に右認定をうごかすに足る証拠はない。

右に認定した本件現場付近の状況のもとでは、停車中のバスの後方の見とおしは悪く、往々その蔭からバスの乗降客その他の人が道路に進出してきたりすることがあるから、このような場合に備え、訴外岡崎運転手としては前方を十分に注視し、減速、徐行をするなど事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、時速約四〇キロメートルの速度のままで運転進行した過失により原告を約一五メートルも手前で発見しながら本件事故を発生せしめたのであるが、一方原告としても小学校三年の低学年生であったとはいえ、交通事故やその危険防止の措置などについての知識は現在では学校の内外で教えられまたこれに対する分別力も三年生位になれば具えているのが普通であるから、本件のように停車中のバスの後方から交通量の劇しい道路に飛び出すことは真に無謀な行為というのほかなく、本件事故は原告の右行為が事故発生の大きな一因をなしていたものといわざるをえない。

したがって、本件事故に対する右双方の過失を比較考量するときは、原告の過失三割、訴外岡崎の過失七割と見るのが相当である。

四、慰藉料額

本件事故により、原告は精神上肉体上甚大な苦痛を蒙ったことは推測に難くないから、これまでに認定してきた本件事故の態様、傷害の部位程度、入院通院の期間、原告の年令その他諸般の事情を総合して考察し、原告の慰藉料は金四〇万円とするのが相当である。

五、弁済

原告が自賠責保険から金二〇万円の支払を受けたこと、被告の弁済の抗弁中(イ)ないし(ニ)の金員を被告から受け取ったことは当事者間に争いがない。そして≪証拠省略≫によれば(ホ)ないし(ヌ)のすべての金員を原告が受領したことが認められ他に右認定を左右するに足る証拠はない。結局原告は被告から金三〇万一、八三〇円を受領し、保険金二〇万円を受領したことになる。

ところで、原告は本件訴訟において治療費関係を除き慰藉料のみを請求するが、原告の受領した保険金額は当然に慰藉料をも含み、また後に説示するように被告が支払った金員も慰藉料を含むものであるから、まず原告の蒙った全損害額を算出したうえ、原告の受領した金員が慰藉料にも及んでいるときは、これを控除した金額が原告の被告に対し請求しうる金額であるといわなければならない。

≪証拠省略≫によれば、原告の昭和四三年一二月一〇日から同四四年三月三一日までの入院五三日、通院実日数五日分の治療費は金一一万〇、五九〇円、また≪証拠省略≫によれば、同四四年四月一日から同月三〇日までの治療費は金七、二一〇円、合計金一一万七、八〇〇円であり、これに当然必要とされる入院雑費金一万〇、六〇〇円(一日当り金二〇〇円として入院五三日分)を加える(≪証拠省略≫によれば付添看護は医師の診断により不要とされており他にこれを必要と認める証拠はないからこれが費用は計上しない)ときは合計金一二万八、四〇〇円となる。さらにこれに前認定の慰藉料金四〇万円に対する原告の過失割合三割を控除した金二八万円を加算するときは、原告の全損害額は金四〇万八、四〇〇円となる。右認定をくつがえすに足る証拠はない。そして右金額から原告の受領した保険金二〇万円(このうち慰藉料分がいくらか証拠上不明であるが反証のないかぎり前記治療費関係分を控除したものを慰藉料額と認める)を控除すれば、金二〇万八、四〇〇円となりこれが原告の被告に対して請求しうる損害賠償(慰藉料)額となる。なお弁護士費用は本件訴訟の経緯その他諸般の事情に鑑み、被告に賠償せしむべき金額は金六万円を以て相当と認める。

これに対し、被告は前記のように金三〇万一、八三〇円を支払っている。原告は右金員は原告の父母の経済的損失に対し支払われたものであると抗争する。しかし、原告父母の経済的損失は原告の損害と相当因果関係を欠くのみならず、そもそも加害者側たる被告から被害者側たる原告側に交付された金員は、特別事情のないかぎり原告自身の損害賠償の内払いであると解するのが相当である。しかるところ、右支払われた金員は、原告が小学生で付添が必要であったとしても終日付添っていなければならないものとは考えられない(前に認定したように付添看護は不要)のに原告の主張するところによれば、原告の父母が付添看護のためその経営する寿司店、バーに新たに板前を雇い、家政婦兼女給二人を雇った給料分までも含むものであって、このような必要以上の支払を被告がなす事情は、≪証拠省略≫によるも認定できないところである。却って≪証拠省略≫によれば、右の支払はすべて名目は何んであれ本件損害賠償の内払であることが認められる。≪証拠判断省略≫

そうだとすれば、被告の右金員の支払により本件慰藉料額はすべて弁済を受けたこととなる。原告の再抗弁は理由がない。

六、結論

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は理由がなく失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し主文のとおりに判決する。

(裁判官 渡辺桂二)

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